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【書感】性食考(赤坂憲雄 著)|内容紹介・感想とゾンビの考察

食と性は奇妙につながる。

たとえば「食べる」という言葉には、2つの意味が存在する。1つは「パンを食べる」といった、文字通りの食べるという意味。もう1つは「性交する」という意味だ。たとえば「あの娘を食べたい」「あの人はこのサークルの男を食い散らかした」といったように。

また男女の性器はバナナ、キュウリ、アワビ、ハマグリといった食べ物で表される。

このように食と性は不思議な連関がある。

タブーに見られる食と性のつながり

タブーに関しても、食と性は奇妙につながる。

たとえば近親相姦のタブー。これは近すぎる関係の人との性交、具体的には親や兄妹、特定の従兄弟との性交を忌避するというものだ。

近親相姦のタブーは「近すぎるものを忌避する」というものなのだが、これは食においても当てはまる。

たとえばペットとして飼っている犬を食べることは、想像すらできないほどの嫌悪がある。犬を食べる習慣は江戸時代の日本や東南アジア地域でもみられるものであり、犬は牛や豚と同じく食べ物になりえる。しかしペットとして飼っていると、食べるなんてことは到底想像できない。想像するだけで嫌悪感をもよおす。この嫌悪感は近親相姦のタブーで見られた「近すぎるものを忌避する」と同じだ。

さらに近いものでいえば、人間を食べることがあるが、これはご存知の通り最大のタブーとなっている。

同じ人間を食べてはいけないという食人のタブー。血がつながった人間と性交してはいけないという近親相姦のタブー。タブーにおいても、食と性は奇妙にリンクしているのだ。

「食べること」と「殺すこと」のつながり

「食べること」は「殺すこと」でもある。

われわれは日常的に肉や魚を食べるが、それらは確実に、死んだ生き物の肉だ。

われわれ人間においてもそうだ。森に入って熊に襲われるとき、それは死ぬ時であると同時に食われる時である。われわれ人間が動物を殺して食べるのと同じように、人間も死んだら何かに食われる。

「食べること」と「殺すこと」は一体なのだ。

食べる、性交する、殺すはつながっている

「食べる」は「交わる(性交)」を意味する。また一方で「食べる」は「殺す」でもある。

「食べる」「交わる」「殺す」、この3つには不思議なつながりがあるわけだが、このつながりを、民俗学的視点から考察したのが『性食考』という著書だ。

著者の赤坂憲雄氏は民俗学者で、日本はもちろんのこと、各国に神話や童話、風俗に精通している方だ。そのため本書は、柳田国男の遠野物語や古事記や日本書紀、グリム童話や各国にみられる神話や伝承話、その他、文化人類学者の「レヴィ=ストロース」の著作にも言及しながら、食、性、殺の不思議な連関について考察している。

【書感】性、食、殺の連なりのなかで人間は生きる

食欲と性欲は、人間の根源的欲求であるし、また先に紹介した通り、われわれの言葉のなかには、食と性のつながりが随所にあわれている。そしてそれら性と食の不思議なつながりを、普段の生活のなかから薄々感じている。少なくとも僕は感じながら生きていた。

そういった薄々感じていた何かについて、本書はあらゆる視点から考察したとても貴重な一冊だ。

本書を読むと、性と食の繋がりは、現代の日本・日本語おいてだけでなく、古事記や日本書紀、グリム童話、その他あらゆる民族の伝承話や神話、あらゆる言語のなかにも、みられることがわかる。われわれ人間は住む場所や言語、民族、文化にかかわらず、食と性の繋がりに言及してきたのだ。いや、言及せざるを得なかったというのが正しいのだろう。

結局のところ人間を含むあらゆる生き物は、生物を殺し、食べ、生き、性交し、生命を誕生させる。

殺す、食べる、生きる、性交する、産む。

生命の営みは、この一連の行為のなかで繰り返えされるのであり、だからこそ「性・食・殺」は密接に連関せざるを得ないのだろう。言い換えれば生きることは、究極体には「食べること」「交わること」「殺すこと」の3つに還元できるといえるのもしれない。

ゾンビは「食」のなかに性と殺を含む

それにしても「性・食・殺」の連関を考えると「ゾンビ」の存在を思い出さずにいられない。

ゾンビとは、物語に登場する架空の存在であるが、その存在が行う惟一のことは「食べる」だ。しかしながらその「食べる」という行為のなかには、「殺す」と「交わる」が含まれている。

ゾンビたちに理性や論理的思考はなく、人間を食べるという目的のために街を徘徊し、人間を追いかけ、そして人間に噛みつく。噛みつかれた人間は、ゾンビの持つウイルスに感染し、ゾンビに転化する。

ゾンビが人間を襲うのは、空腹を満たすためなのか、もしくは感染させるためのか、その目的な作品によって異なる。しかしどの作品であっても、基本的にゾンビは人間を食し、食すことで仲間を増やす。

人間は性交することで繁殖する。一方でゾンビは食す(噛みつく)ことで繁殖する。ゾンビにとって食べることは性交と同じなのだ。

ゾンビは人間を食べて、人間を殺し、そして新たなゾンビを生み出す。明らかに「食・性・殺」が一体になっているのだ。

他方でゾンビは不死(頭部に損傷を与えない限り死なない)という、例外的属性をもっている。これは生物の連関としてはいささか例外的であるわけだが、これは何を意味するのだろうか。

『性食考』では残念ながら、ゾンビについての言及はまったくない。類似の吸血鬼などについてもだ。それは不死という例外的属性が理由なのだろうか。理由はわからないが、ゾンビという存在についても、「性食」の関連からぜひ考察してほしいと思う。

※本記事執筆後に、ふと「母乳を飲む行為はカニバリズムと近親相姦なのではないか」ということを考えた。別記事で考察しているので、興味がある方はこちらもぜひ。

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