スターバックの店舗が増えることに感じる違和感

 スタバが増えている。スタバが雨後の筍のようにオープンするのは今に始まったことではない。

 しかしスタバがあちこちにできる現象に対して、どうにも違和感を覚えてしまう。決してスタバを嫌っているわけではないのだが、どうにも増えるすぎることには、違和感がある。

この記事ではその違和感を具体的に紹介できればと思う。

駅や公園などにスタバが増えている

 まずは冒頭で紹介したスターバックスが増えているという話を少し具体的に説明したい。

 スタバが増えるという現象は今に始まったことではない。それこそ1996年に銀座に上陸してから、スタバは店舗数を継続的に増やしてきた。2005年の551店舗から2017年現在の1260店舗へと2.3倍増加しているという(Strainar)。現在、その店舗数はなんと1500を超える。その店舗数は、チェーンカフェのなかでは断トツの1位だ。

 以下は主要カフェチェーンの店舗数。データは2020年12月頃のものだ。ドトール系も1300店あるが、こちらはエクセスオールカフェを合わせた数だ。

スターバックス1601店
ドトール(エクセスオールカフェ含む)1300店
コメダ珈琲店873店
タリーズ747店
プロント348店
星乃珈琲店253店
珈琲館240店
カフェ・ド・クリエ208店
上島珈琲107店
サンマルクカフェ386店
ベローチェ168店

最近は駅ビルや公園への出店も

 スターバックスは今も昔も継続的に増え続けている。それは自明のことなのだが2020年はどういうわけか、駅や公園、市役所など公共的な場所やランドマークとなる場所で、オープンが続いた。たとえば2020年3月に山手線の新駅としてオープンした高輪ゲートウェイ駅の3階には、スターバックスが入居することになった。スタバはこの駅惟一のカフェだ。

スターバックス 高輪ゲートウェイ店
高輪ゲートウェイ店

 同じく2020年の3月、新宿御苑内にはじめての民間企業の出店として、スターバックスがオープンした。2020年6月にリニューアルが完了したJR山手線・新大久保駅は、リニューアル前は店は1つもなかったのだが、リニューアル後は駅の2階にはスターバックスが入った。

 2020年にリニューアルした公園として少し話題になった宮下公園と新宿中央公園。どちらにもスターバックスが入っている。

宮下公園店

 ところかわって横浜では、2020年6月には新設した横浜市庁舎にもスターバックスが入居した。ちなみに向かいにある2020年6月にオープンした高層マンションにもスターバックスがある。横浜を歩くといたるところにスターバックスがあって驚かされる。

※スターバックスがオープンした場所(一部のみ掲載)

オープン月オープン場所
2020年3月高輪ゲートウェイ駅
2020年3月新宿御苑
2020年6月新大久保駅
2020年6月横浜市役所
2020年7月新宿中央公園
2020年8月宮下公園

 2020年にオープンしたスターバックスは、他にもまだまだたくさんあるが、ひとまず上記の、駅や公園などの公共的な場所にオープンしたスタバをピックアップしてみた。

 新宿御苑に限ってはこれまで一般企業を誘致していなかったそうなのだが、2020年になって急にスタバがオープンしている。また過去の例ではあるが、東京都武蔵野市の井の頭公園や埼玉の戸田公園、横浜公園にもスタバは存在する。

スタバが増えることに感じる危機感、批判

ここからはスターバックスが駅や公園など公的な増えることに感じる違和感を紹介していく。

選択肢が減る、とくにスタバ嫌いな人にとっての

 スタバが増えることに感じるもっとも大きな違和感は、選択肢が減ることだ。カフェを利用する人口、カフェを利用する頻度が、急激に増えることはない。ならばスタバが増えることは、別のカフェが相対的に減ることを意味する。それはカフェの選択肢が減ることを意味する。

 おしゃれで落ち着いた空間で、メニューも豊富で、社会貢献活動にも環境保護活動にも精力的なスタバは、文字通り素敵なカフェである。スタバが増えることは、カフェを利用する人にとっても、地域住民にとっても、多くのスタバに抵抗がない人にとって歓迎すべきことだろう。また社会貢献活動や環境保護活動に精力的なスタバが増えることは、歓迎すべきことなのかもしれない。

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 しかし、スタバが無尽蔵に増えていけば、前述の通り、カフェの選択肢が減る。とくにスタバを嫌う人間が利用できるカフェが少なくなる。駅前や複合施設など立地がいい場所にスタバが増えれば、スタバを嫌う人がくつろげるようなカフェは、立地の悪い場所だけになる。

 スタバは私企業だ。企業努力によって市場を独占するのは資本主義において悪いことではないし、スタバを嫌う少数派に目を向ける必要だってない。公共性なんて考えなくてもいい。これからもスタバは好調に増え続けるだろうし、前述の通りその方が社会にも地球にもいいことなのかもしれない。

 だとしても、スタバが大事にしている「サードプレイス」は、他の誰かのサードプレイスを奪うことで成り立っているということを忘れてはいけない。多数派の意見が採用されるということは、少数派の意見が退けられるということだ。多数派の意見が少数派に押し付けられるということだ。そのことを忘れてはいけない。

 筆者としては少数の大手チェーンが市場を寡占するのではなく、無数の中小チェーンがたくさんあるほうが、選択肢が多くていいと思っている。

スタバ批判ができない世の中になるのではないか?

 スタバが増えることに違和感を抱きはじめてから、スタバの情報やカフェ業界の情報をネットや本で調べたが、驚くほどスタバを批判する意見が少ない。

 ネットで検索すれば「スタバのあの雰囲気が嫌い」「コーヒーがまずい」「フレンドリーな店員がうざい」といった批判をみつけることはできるが、どれも好みの問題にとどまっている。

 そしてスタバを否定する声は、スタバを肯定する意見に比べると極端に少ない。スタバ批判が少ない理由は、批判を寄せつけないほど素晴らしい企業だからなのかもしれない。実際、スタバの歴史や活動を調べてみたが、会貢献活動や環境保護にも積極的だ。また客も従業員も地域の人も、周囲の人をすべて大切にしている。そのスタンスは非の打ち所がないといえるほど素晴らしい。

 一方、スタバ批判が極端に少ないのは、スタバの批判を声高にいえない空気があるからかかもしれない。筆者はこれを危惧している。

 「スタバが嫌いな人は、スタバの価値を理解できないごく一部の変わった人」そんな空気がすでにあり、スタバ批判をすれば、おかしなヤツという目でみられる可能性があり、だからスタバに対する批判を隠しているのではないだろうか。

 スタバくらいで大袈裟な、と思うかもしれない。しかし以前巻き起こった「鬼滅の刃」のヒットと、周りの風潮を見ていると、決して考えすぎとはいえない。というのも先日、フォロワー約2万を抱える文化人が、ツイッターで「鬼滅の刃ってそんなに面白いですか?」という内容のツイートをしたとき、それに対するリプライが「ちょっと疲れているんじゃないですか?」といったものや「ファンタジーにケチをつけるのはみっともない」といった批判が目立っていたからだ。

 「鬼滅は好きではない」という発言に対して「あなたはちょっと疲れている」と返答するのは、つまり「鬼滅を面白いと思えないのは、疲労により思考が正常ではないからだ」と決めつけているのだ。「みんなが認めているものを認められないのは、思考が異常なのだ」ということだ。鬼滅を称賛するのが普通という空気が醸成されていた証拠だろう。

 鬼滅のブームがそうであったように、日本人はすぐに同調圧力を醸成する国民だ。リベラルであっても、リベラルという同調圧力によって人を潰していくような国民であり、世の中だ。

 別のチェーンカフェと比較してみるとわかりやすいかもしれない。たとえば「ドトールが嫌い」「ベローチェが嫌い」「珈琲館が嫌い」と主張するのはほぼ抵抗がない。一方で「スタバが嫌い」と主張するのは少し気が引ける。多くの人を敵に回しそうで、知り合いがたくさんいる場では気が引ける。そうは思わないだろうか。

 今後さらにスタバが増えれば「スタバを認めるのが人間として当たり前である、スタバを非難するのは変わったヤツ」という空気は、さらに色濃いものになるだろう。スターバックスが嫌いだと堂々と主張できるくらいの社会が健全だ。間違いなく。

スターバックスを愛せない少数派は排除されるのか

 これからもスターバックスは増え続けるだろう。スタイリッシュで、オシャレで、洗練されていて、リベラルでという、スターバックス的な価値観が東京を、首都圏を、日本を包んでいくのだろう。そして多数派にとって、スターバックスは、サードプレイスになる。居心地のいい場所になる。スタバが目指すように。

 一方で、その時スターバックスを愛せない少数派の人たちのサードプレイスはどこにあるのだろうか。多数決の名の下に、資本主義の名の下に、排除されてしまうのだろうか。排除というのは大げさかもしれない。しかしスタバに対する批判を大声で言えない空気感みたいなものはすでに存在しており、それは一層濃くなっていくのではないかと思う。

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