畜産の環境問題を浮き彫りにした痛烈なドキュメンタリー『Cowspiracy:サステイナビリティ(持続可能性)の秘密』について|内容紹介と評論

 肉や乳製品の生産が地球環境に大きな負荷を与えており、肉や乳製品をやめれば環境問題が解決する。しかし環境団体や政府はなぜかその事実に一切言及しない。そんな衝撃的な事実を突きつけるのが、Netflixで配信されている『Cowspiracy:サステイナビリティ(持続可能性)の秘密』というドキュメンタリーだ。この記事では本作の内容紹介と評価・感想を紹介するとともに、畜産の問題についての私の意見を紹介していく。

要約:環境問題を解決するなら動物食を止めろ

 本ドキュメンタリーを要約すると、環境問題の主要因は肉や乳製品など動物性の食べ物にあり、それをやめるだけで、温室効果ガスや食糧不足、水不足、森林破壊などのあらゆる環境問題は解決する可能性があり、今すぐ動物を食べるのをやめるべきだ、と主張するものである。

 本作の監督であり主演のキップ・アンデルセンは、アル・ゴアの地球温暖化問題を訴えるドキュメンタリー『不都合な真実』がきっかけで環境問題に関心をもった。彼は地球温暖化を阻止するべく、リサイクルを徹底し、移動をすべて自転車にし、水の節約のためにシャワーの時間を短縮するなどし、生活スタイルを変えた。しかし環境問題が一向に解決に兆しが見えなかった。むしろ悪化している。なにか他に根本的な問題があるのではないか? そんな折、彼がみつけたのが、畜産が環境問題の主要因であるという情報だ。

 畜産業による温室効果ガスの排出量は、乗用車、トラック、鉄道、船舶、飛行機が排出する温室効果ガスの合計を上回る。畜産は大量の水と大量の作物を消費している。節水、節電、自転車移動、リサイクルなどの日々の努力は、たった1個のハンバーガーで帳消しになってしまう。それくらい肉の生産による環境負荷は大きい。

 しかし環境保護団体や政府はその問題についてまったく言及していない。彼は環境保護団体や政府に直接話を聞くが、畜産の環境問題についてはノーコメント、もしくはそんなことは公には言えないという態度を取るのみであった。さらに取材を進めると、そこには畜産業界からの大きな圧力がかかっていることわかった。

 業界を離れた人や自由な発言ができる立場の人に話を聞くと、やはり肉と乳製品の消費に起因する環境問題、つまり畜産による環境問題がもっとも大きく、完全菜食主義になれば環境問題の多くは解決すると述べるのであった。ドキュメンタリーは「それぞれができることを、できる範囲で毎日続けることだ(Do what you can do as well as you can do it every day of your life)」というコメントで終わる。

感想評価:畜産の環境問題を浮き彫りにした意義のある作品

 2021年現在、肉や乳製品による環境問題は一般的になりつつあるように思うが、本作が公開された2014年はそうではなかったように思う。畜産の環境問題が一般的になったのは、もしかしたらこのドキュメンタリーの存在があったからなのかもしれない。

放牧飼育も根本的な解決にはならないと指摘

 まず考えたいのは、本作が放牧による飼育に批判的だったことだ。一部では放牧は環境負荷が小さく、また動物福祉にも配慮している理想的な畜産のあり方だという意見がある。私もそれを信じ、放牧を増やすべきだと考えていた。しかし本作は、放牧も根本的な解決にならないとしている。その理由としては、放牧は一般的な飼い方(繋ぎ飼い)よりも飼育期間が長くなり、その分、与える餌や水の量が増えるからである。また放牧地を確保するために森林を破壊されている例もあり、結局のところ放牧での飼育も根本的な解決にならないという。

 放牧は称賛される傾向にあり、その問題点は大体的に主張されない。本作の放牧に関する主張は検証の余地があるが、放牧の問題点をわかりやすく解説していることはとても評価できる。

すべての発言を鵜呑すべきではない

 本作で紹介される畜産がどれだけ環境に負荷を与えているかについては、自身でもしっかり検証する必要があるだろう。たとえば本作では、完全菜食主義者に必要な農地は4000平方メートルで、鶏や卵を食べる場合はその3倍の農地が必要で、さらにアメリカの平均的な肉食者はその18倍の土地を必要とする、といったように肉を食べることの環境問題を単純化して説明してくれる。とてもわかりやすい説明であり、おそらく間違ってはいないのだろう。しかし、その計算の仕方や条件設定、それが意味することについては自分でも検証する必要があるだろう。

 また本作では一部で信憑性がかなり低いコメントが見られる。コメントをしているある医者は、牛乳について、「牛乳は男性の胸を大きくする可能性がある」というトンデモ発言が紹介されている。ゆえに個々の出演者の発言については、すべてを鵜呑するのではなく慎重に判断すべきだ。

畜産の環境問題を浮き彫りにした意義のある作品

 細かい事実関係について批判しようと思えば、いくらでも批判できそうな作品であるし、都合の良いコメントばかりを紹介しているといえば、それもそうであろう。ただしそういった指摘は本質的ではない。本作において評価すべきは、やはり畜産業による環境問題と、その問題にまったく言及しようとしない環境保護団体や政府の存在を浮き彫りにしたことだ。本作の評価は、この点においてなされるべきであろう。そして私は大変意義のある作品だと評価したい。

おわりに:動物性の食べ物をやめるのは不可能に思える

 本作の主張は「肉も乳製品もやめろ、そうすれば環境問題の多くは解決する」である。しかし本当に人類は肉と乳製品をやめることができるのだろうか。そんなことは不可能に思える。動物性の食べ物は、多くの国でその国の食文化と深く結びつき、国民のアイデンティティにもなっているのだから。

 三浦哲哉の『LAフード・ダイアリー』によると、アメリカでは州によってバーベキューのスタイルが異なっており、その違いをめぐる旅番組がしょっちゅうやっているという。それは日本のラーメン屋さながらだという。また図書館にいけば肉の焼き方を解説する本がたくさんあるそうで、バーベキュー、そしてバーベキューで肉を焼いて食べることが、アメリカの食文化やアイデンティティと深く結びついていることがわかる。

 乳製品に関しても同じことがいえる。チーズの文明史を解き明かしたポール・キンステッドの『チーズと文明』によれば、ヨーロッパには1000種類を超えるチーズがあり、とくに多くのチーズを生み出しているフランス、イタリア、イギリスでは、チーズは各国の食文化とアイデンティティに深く結びついていると述べている。

 こういった例は他の国でもたくさんみつけられる。代表的なトルコ料理であるイスケンデルケバブは、ヨーグルトや牛肉をふんだんに使っている。ロシア、ウクライナの代表料理であるボルシチは、牛肉とサワークリームを使っている。そもそも日本だって焼き鳥、すき焼き、カレー、ラーメンなど、日本の食文化と深く関わっている料理で、かつ動物性の材料を使っている料理がたくさんある。それらなしの生活を送れるとは思えない。

 ちなみにNetflixには本作の続編として『Seaspiracy: 偽りのサステイナブル漁業』という、漁業が環境に与える問題を浮き彫りにした作品がある。こちらでは「魚を食べることをやめれば多くの環境問題が解決する」と主張している。詳細については実際の作品をみてほしいが、その主張に従うなら、日本人のアイデンティティと深く関わっている「寿司」という食文化は、サステイナブルではないことになる。環境問題が切羽詰まったとき、日本人は寿司をやめられるだろうか。おそらく不可能だ。

 同じように他の国でも肉や乳製品をきっぱりやめることは不可能だろう。それは自国の非常に重要な部分を失う行為である。日本から米や魚、天ぷら、そばを取り上げることに等しい。そんなことは全体主義的な統一国家でもできない限り不可能だろう。

安くて美味しいプラントベースの食べ物が当たり前になれば…

 動物性の食べ物を急にゼロにするのは無理だ。それは動物性の食材を販売する自由や食べる自由を規制することになる。そんな厳しい規制が自由主義の国家でできるはずがないし、そんなことはあってはいけない。だからといって多くの人が環境問題に関心をもって、プラントベースの食べ物を選ぶようになるとは思えない。ではどうすればいいのか。

 解決の糸口は経済的利便性に訴えることにあるのではないだろうか。つまり、めちゃくちゃ安くするのだ。たとえば味も食感も見た目も、本物の肉にそっくりな大豆肉が、肉よりも圧倒的に安く売られていたら、多くの人は肉を食べる回数を減らすのではないだろうか。肉と同じ味が、半額で楽しめるなら、多くの人は喜んでそちらを選ぶはずだ。チーズやヨーグルトも同じように、味が良いプラントベースの代替品が圧倒的に安く販売されていたら、多くの人はプラントベースのものを選ぶようになるのではないだろうか。

 動物性の食べ物をいきなりゼロにするのはおそらく不可能だ。人々の倫理観に訴えるのも期待できない。しかしプラントベースの食べ物が、美味しく、そしてお財布に優しいとしたら、人々の行動は変わるのではないだろうか。