【書評】『世界からコーヒーがなくなるまえに』|2080年にはコーヒーがなくなるかもしれない

 2080年には、コーヒーが飲めなくなるかもしれない。もしくはコーヒーは、一部の金持ちだけが飲める超贅沢品になる。

 そんな悲観的なシナリオを説くのが、コーヒーの環境問題、労働問題に焦点を当てた『世界からコーヒーがなくなるまえに』である。本書は、コーヒー業界で働くラリと、その友人で出版社に務めるペテの2人が、ブラジルでコーヒー農場を取材したものだ。その主題は、コーヒーの持続可能性である。

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2080年にはコーヒーが贅沢品になるか、もしくは絶滅の可能性も

 コーヒーの需要は増加する一方で、生産地は減少している。伝統的にお茶文化だった国、たとえばロシア、インド、中国、日本といった国で当たり前のようにコーヒーが消費されるようになった。また日本は少子高齢化の真っ最中であるが、世界的にみれば人口は増加傾向にある。

 人口が増えても生産量が増えれば問題ないのだが、そうはいかない。気候変動や土壌汚染によって栽培可能地域が減少しているからだ。それについて本書では以下のように説明されている。

IAT(国際熱帯農業センター)の研究者クリスチャン・バンは「コーヒーの需要がどんどん増えるので将来的にはより多くの作地面積が必要とされるが、栽培可能な作地自体が減少する」と言っている。

 そして作地減少の原因を、大量の肥料と殺虫剤を撒く農作物栽培にあると指摘したうえで、2080年にはコーヒーは贅沢品になると主張する。

温暖化と、目の前の利益の最大化しか見ていない、大量の肥料と殺虫剤を撒く農作物栽培方、これが面積減少の原因だ。温暖化が進むとコーヒーの栽培を今までよりも高地で行わなくてはならない。 <略>
こうしたことすべてが価格に影響する。そして最後には安く買えるものだと思っていたコーヒーは、2080年には特別な時にしか飲めない贅沢品となるだろう。

 また後の章では、「2080年には贅沢品になるか、もしくは絶滅し、思い出の中の嗜好品になるだろう」とセンセーショナルな主張もしている。

とにかく、需要増と温暖化の影響で、コーヒーが危機に瀕しているのだ。ではどんな対策を打てばいいのだろうか。本書の提言は、「オーガニック栽培された高品質の美味しいコーヒーを、今よりも少なく飲め」というものだ。

高品質でオーガニックのコーヒーを選ぶべき

 第一に、すべての農園がオーガニック栽培をするべきだと主張する。オーガニック栽培によって、オーガニックは化学的な農薬や化学肥料を使わない、環境に優しい栽培方法で、これによって栽培地の減少に遅らせることができる。

 またオーガニック栽培に加えて、高品質の美味しいコーヒーを作ることも大切だという。オーガニックは環境に配慮しているというだけで、美味しさを保証しているわけではない。いくらオーガニックでも品質の低い不味いコーヒーは売れないので、買う人がいない。それでは意味がない。だからオーガニックかつ、美味しいコーヒーを作ることが大切なのだ。

 美味しい高品質のコーヒーは自然と高い価格で売ることができ、生産者の収入も確保できる。これによって環境にも優しく、品質も良く、生産者は収入を確保できる、サスティナブルな状態をつくれるというのだ。

 もちろんコーヒーの値段は上がる。しかし本書では「そもそも良いものが安かったこれまでが異常だったんだ。また安いコーヒーをカフェイン摂取のために大量の飲むのも間違っている」といったように主張している。そのうえで「今よりもすくなめに、でも美味しいコーヒーを飲もう」と提案する。

FAF農場を率いるマルコス・クロシェが「今より少なめに、でも美味しいコーヒーを飲もう」と提案している。こうすれば、消費者は大量生産の安いコーヒーよりも良い値段を出して良いものを買い、スーパーの客寄せの安いコーヒーを買わなくなるかもしれない。客寄せに大量生産のコーヒーが使われる場合、サプライチェーンで誰もが損をするのだ。

 シンプルにいえば、コーヒーの節食だ。環境に優しくないコーヒーをバカにみたいにガブガブ飲むのではなく、環境に優しい高品質のコーヒーをここぞという時に飲め、ということだ。まさに嗜好品として。

 余談になるが、食べる量を減らせというのは肉と魚にもいわれている。人口増加と需要増加が進む一方で、魚は漁獲量が低迷している。また肉の需要を補うために森林を伐採して牧場を増やしているという。

 欧州最高峰の知識と呼ばれているジャック・アタリ氏は『食の歴史』という著書のなかで、この状況に警鐘を鳴らし、少肉多菜や節食を呼びかけている。つまり、食い過ぎはやめろということだ。
※参考:食糧問題解決のため「食の利他主義」とは?|『食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか (ジャック・アタリ著)』より

 同じことは乳製品やチョコレート、果物にもおそらく当てはまる。われわれはこれまで通りの食生活を続けられる状況にはいないのだ。

コーヒーのサステナビリティに焦点を当てた数少ない一冊

 喫茶店ブームやおうちカフェ、ウチカフェといった言葉が生まれている。現在コーヒーはちょっとしたブームといえる状態で、書店にはたくさんコーヒー関連本が並んでいる。しかしそのほとんどが、コーヒーの淹れ方や焙煎方法、豆の選び方などテクニック的な解説書と、カフェ・喫茶店の紹介本だ。

 一杯のコーヒーに隠されている負の側面、森林伐採、土壌汚染、買いたたき、低賃金、児童労働など、コーヒーにまつわる社会問題やサステナビリティに焦点を当てたものはほとんどない。一方、本書の話題の中心はコーヒーのサステナビリティであり、その意味では非常に大きい一冊である。コーヒーを日常的に飲み、そして今後もコーヒーを飲む生活を続けたいと思うならば、絶対に読むべき一冊だろう。

 また本書の価値は、オーガニックの意義が正確に解説されている部分にもある。日本ではオーガニックというと、健康や品質、安全と結びつけられがちである。しかしオーガニック栽培の意義はそういったエゴイスティックな部分にではなく、環境に優しい栽培方法であるという点にある。オーガニックは環境に優しい、だからオーガニックを選ぶべきである、ということがわかる本になっており、その意味でも本書の意義は大きい。

 その他、コーヒーまわりの認証、たとえばフェアトレード認証、オーガニック認証、レインフォレスト・アライアンス認証などの対する著者の批判も記載されており、それらの認証に対する欠点も学べる内容になっている。繰り返しになるが、コーヒーが好きなら絶対に一度は読むべき本だといえる。

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