人間はいつから食後にデザートを食べるようになったのだろうか。
今では甘いものは時間を問わずいつでも食べる。朝食代わりにスイーツを食べたり、朝食と昼食の間や、昼食と夕食の間、そして夜食などあらゆる場面で甘いものを食べる機会がある。一方で「食後のデザート」という概念は依然として存在している。高級フレンチから大衆居酒屋のコースまで、必ず最後は甘いデザートが出てくる。コースではなくても、最後に注文するのはやはり甘いデザートだ。
なぜ私たちは食事の後にデザートを食べるようになったのだろうか。なぜデザートは甘いものであると決まっているのだろうか。
その歴史を解き明かすのが『図説デザートの歴史』(ジェリ・クィンジオ 著、富原まさ江 訳)である。「図説」という書名からもわかるとおり、本書は図を多用している。また歴史を羅列するだけの硬い本ではなく、ケーキの写真や絵画のほか、中世のデザートのレシピや、コース料理のラインナップの変遷など、食文化にも触れた一冊になっている。
「デザート」はコースの最後の料理を表す言葉だった
なぜ食後に甘いものを食べるデザートという文化ができたのだろうか。本書の説明によると、まず「デザート」という言葉が食事の最後に食べる甘いものという意味で世界に普及したのは20世紀頃になってからだという。イギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国では、17世紀頃からコースの最後の甘い料理を食べており、現在的な意味でデザートという言葉が使われることがあったが、他の国や地域ではデザートではない言葉が使われることがあった。
もともとデザートは食後の甘い料理を指す言葉ではなく、単に最後のコースの名前であった。フランスのコース料理が現在のように一品ずつ給仕されるようになったのは19世紀になってからで、それまでのコース料理は、同時に複数の料理が給仕されるスタイルであった。1セット目、2セット目という流れでコースは進み、セットごとに様々な料理が同時に提供された。1つのコースは概ね3セット~4セットで、最後のコースに「デザート」という名前がつけられており、これがデザートの始まりであった。
中世頃まではコースの最後が甘いものと決まっていたわけではなく、甘い料理とそうでない料理が同時に給仕されていた。14世紀頃の文献では、肉料理がデザートとして出された記録があるという。
甘い料理とそうでない料理が別々に出されるようになったのは17世紀頃からである。前述のとおり、この頃のフランスのコースは、一度に複数の料理が並ぶ給仕の仕方である。このコースにおいて、甘い料理とそうでない料理が別々に給仕されるようになった。甘い料理は最後にズラッと並べられるようになった。ちなにこのフランス式のコースは、ヨーロッパ中の貴族が取り入れていたという。
ちなみにこの頃は食べ物と健康理論が進歩し、それまで信じられていた砂糖は薬になるという考えに陰りが見えはじめると同時に、砂糖の摂りすぎは病気をまねくと考えられるようになった。ちょうど現在でいうところの糖尿病が懸念されるようになったのだ。それまではスパイスが効いた料理に砂糖を加える料理などがあったが、そういった料理も下火になり、また甘い料理と甘くない料理が別で出されるようになったという。甘い料理とそうでない料理を分けるようになった背景に健康意識の高まりがあったのだろうか。具体的なことは書かれていないが、本書はそう述べているようにも取れる。
それにしても甘い料理とそうでな料理が分けられた際、なぜ甘い料理が最後になったのだろか。その理由は説明されていない。ただしヨーロッパの貴族の間では、食事の後に別室に移動してクッキーや果物を煮たものなど、甘めのものを食べる文化はあったという。また食後に果物を食べる文化は、それよりもはるか前からヨーロッパやアジアで見られた。甘い料理が食事の最初ではなく、最後になったのも食後に果物を食べる文化の名残なのだろう。
19世紀になるとフランスのコース料理は、現在でもみられる一品ずつ料理を出す給仕の仕方になる。この給仕の仕方は、もともとロシアで行われていたものであった。19世紀になるとそれまでフランスが採用していた複数の料理を同時に給仕するタイプのコースが、過剰であるという風潮が強まった。またフランス式のコースは一度に並ぶ品数が多いため、料理が冷めてしまうという欠点があった。こういった背景があり、フランス式のコースが廃れ、やや質素なロシア式コースがフランスでも採用されるようになった。ロシア式はフランスで採用されると、その後イギリスやイタリアなどヨーロッパ地域に広がり、アメリカにも広まったという。このコースの最後はもちろん甘い料理だ。ただし「デザート」という呼び方が定着していたわけではなく、「ペイストリー」と呼ばれる場合もあったという。
コースの最後が「デザート」という言葉で統一されるようになったのは1920年頃だという。食事の最後の甘い料理という意味でのデザートという概念は、17世紀頃からヨーロッパに存在していた。一方でデザートという言葉が定着するのは、ほんの最近のことなのだ。日本がどうだったかは残念ながら記載がないが、明治時代から日本は国を挙げて西洋化に乗り出した国なので、デザートという言葉が存在した可能性は十分にある。ちなみに「デザートは別腹」という言葉があるのは日本だけだそうだが、この言葉がいつから、そしてなぜ使われるようになったのかは記載がなかった。
おわりに
現在日本でも「デザート」という言葉を日常的に使うが、その意味は非常に多様である。決してコース料理に限った使い方ではなく、普段の食事の最後に食べる甘いものを総じてデザートと呼ぶようになっている。
最近はもはやデザートという言葉すら使う機会が少なくなった。それより「スイーツ」という言葉のほうがよく聞く。「スイーツ」は甘いもの一般を指す言葉で、デザートのように食後の甘いものを指すわけではない。この「スイーツ」という言葉が一般的になったのは、甘いものを食後だけでなく、おやつとして、朝食として、夜食として食べる機会が増えたからだろう。
さて『図説 デザートの歴史』には食後のデザート文化の歴史だけでなく、スイーツに関する記述もある。デザートとしてよく出されていたスイーツについて、その発展やレシピを紹介している。また産業革命がデザートに与えた影響も興味深い。産業革命によって製菓用の道具が発達し、様々なスイーツを作ることができるようになったと紹介している。現在一般的に見られる多くのスイーツが産業革命以降に考案されたものだ。他にもスプーンやフォークなどのシルバーの発展や乳製品を使ったデザートの発展などが、豊富な図によって説明される。
硬い専門書になることを避けるためなのか、本書は、広く浅くという印象だ。デザートについてだけでなく、フランスにおけるコース料理の給仕の仕方の変遷や料理の変遷、ヨーロッパ社会におけるスイーツの受容のされ方やシェフの役割など、幅広い分野について言及しており、広く浅くデザート文化を知ることができるが、深堀りしたい方は物足りないかと感じるかもしれない。