細田守監督作品『果てしなきスカーレット』を観てきたのでその感想を紹介します。文中、ネタバレを多分に含むみます。
「死者の世界」はマーベル『ロキ』の虚無空間?
『果てしなきスカーレット』の主な舞台である「死者の世界」は、マーベル作品の『ロキ』に登場する「虚無の空間」をモチーフにしている可能性が高い。というより、もうそっくり。ロキの「虚無の空間」は、世界にも時空を超えてあらゆる存在が集まっており、雲のような竜(ロキではアライオスと呼ばれるが)が定期的に現れて住人を捕食する。「死者の世界」では、「虚無の空間」のように別の時間軸の自分と遭遇することはないが、多くの点で共通点がある。
「死者の世界」はスカーレットのための世界
ネットの口コミではこの死者の世界に関する違和感や辻褄の合わなさに対する意見がたくさんある。たとえば、現代人がヒジリくらいしかおらず、やたら中世の人が多いことや、おばあさんがなぜか都合良くスカーレットを助けてくれる、スカーレットの知人(クローディアスとその配下など)が黄泉の国の門を都合よく牛耳っているなど。
ただしこのような違和感は、この世界が「スカーレットのために都合よく作られた世界」と考えれば納得できる。この場所が、主人公のスカーレットだけが唯一死んでいないという点で、彼女のための特別な世界であると解釈できるし、最終的な結末もスカーレットの夢の中、いわゆる夢オチだったとも取れる終わり方をしている。
意外と飽きずに見られる
脚本に対して否定的な意見も見られるが、映像は緻密で美しく、BGMにもこだわりが感じられる。物語の進め方としても、復讐の相手を探す旅の中で、死者の世界の仕組み、スカーレットの父親に関する新事実(処刑人の手が止まっていた、最後の言葉など)、そしてヒジリがこの世界に来た経緯などが徐々に明らかになっていき、飽きることなく鑑賞できた。
ダンスパートは渋谷の街が見どころ?
唐突なダンスパートはちょっと違和感があるものの、箸休め的にテイストの違うシーンが入る映画なのでいくらでもあるのではないか。また再開発が終了したあとの渋谷の様子(本当にそうなるのかはわからないが)が映像化されていて、ダンスよりも背景の渋谷の街の様子が見どころでもある。
説明しすぎなのか?
また一部「何もかも説明しすぎ」「セリフにしすぎ」という意見もあったが、最近はこういった何でも説明するアニメも多い(鬼滅の刃はもっと何でも説明してくれる)。わかりやすいアニメの潮流に乗った、今風の作品であったともいえる。
戦争よくない的なメッセージはシンプルに良いのではないか
この物語で登場するヒジリ(声優:岡田将生)は、私たちよりも、少し未来の人間として描かれている。これは、彼が生きる世界が、渋谷の再開発が終わっている様子からわかる。
そして、あえて少し先の未来の人間を登場させたのは、現代の私たちへ、メッセージを送る意図があったからではないだろうか。
最後のシーンで、ヒジリからみて過去の人間であるスカーレットが、未来の人間であるヒジリのために平和な世界、すなわち未来のために平和な世の中を築くことを宣言する。これは、現代を生きる私たちに向けられた、「少し先の未来をより良いものにするよう努めよう」というメッセージとして受け取れる。イスラエルやウクライナでの戦争など、昨今の世相を反映したこのメッセージは、個人的にぐっとくるものがあった。
「戦争よくない」「復讐による殺人良くない」「人を許そう」といったメッセージは、たしかに道徳の教科書的だし、世の中はそんなに単純ではないということ言うことはできるが、ひとまず大衆映画ではいいのではと思う。
従来の細田作品とはテイストが違ったのが酷評の理由か?
本作は、世界観が非常にダークなのが特徴となっている。冒頭の父親の処刑シーンで血が流れるなど、従来の細田守監督作品(『竜とそばかすの姫』や『サマーウォーズ』など)の「キラキラと勢いのある」テイストとはガラッと変わっている。
これまでの細田作品は子供も一緒に見られるものが多かったため、このダークな作風の変化が、熱心な細田作品ファンに違和感を与え、酷評の一因となったのではないか。また「死者の世界」という、何でもありの世界を登場させたものも、視聴者を混乱させ、酷評へと走らせたのではないか。個人的には、これまでのキラキラした作品よりも、本作のようなダークな世界観の方が好みではあったが。